先週から日本に一時帰国し
生徒さんたちと、富士山・京都で
女性性の癒しのライトワークを終えて
今週は家族とともに、沖縄、長崎、広島と
慰霊のライトワークに来ています。
富士山や、京都でのライトワークでは
生徒さんたち、一人ひとりに対して
心の底に、ひっそりと潜んでいた
今の人生に影響を与えていた
恐れを超える癒しのワークが続いていることから
この夏至から始まる、蟹座に太陽がある時期は
心の底にある深い思い、潜在意識と
向き合う時間になるのだと感じています。
沖縄・浜比嘉島にある、シルミチューにて
ところで
家族と一緒に回る沖縄は、実は2回目。
今回は、息子の歴史の論文で
「なぜ、原爆が投下されたのか」を調べるために
その布石となったと、言われる沖縄戦と
広島・長崎の原爆について
現地に赴いて調べているところです。
そして、沖縄の2日目朝に
糸数アブチラガマという
場所があることを知ることになりました。
ここは、沖縄本島南部の南城市の
糸数にある、自然洞窟(ガマ)であって
沖縄戦時、戦場が南下するにつれて
女子学生が、負傷兵を看護したことで知られる
ひめゆり部隊も配属された
南風原陸軍病院の分室となったところです。
全長270mの、真っ暗闇の洞窟内は
600人以上の負傷兵で埋め尽くされ
たくさんの人が、この場所で
光を見ることもなく、亡くなったのだそう。
今回、私たちはヘルメットをつけ
懐中電灯を手にしながら、このガマの中に入り
当時の軍部や、負傷兵
ひめゆり部隊がいた場所へと向かいましたが
私は、カリスマシャーマンとして
鎮魂のワークをしながら、歩き続けました。
そして、ガマの最奥部にあるという
もう、生き残れないと判断された
負傷兵たちが集められた場所に着いた時
ガイドさんとともに、その場所で
4秒間、懐中電灯の灯りを消して
真っ暗闇の中で、佇む体験をしました。
そこは、一筋の光も差し込むことのない
今までに、体験したこともない
本当に、真っ暗闇しかない世界があって
死がそこまで迫っているという、絶望と
それに相反するようでもあり
誰もが、ここに来て感じると言われる
「生きることへの望み」を強く感じたのです。
そこで
毎日のように、このガマに入り
ここに眠り続ける英霊たちに
寄り添いつづける、ここのガイドの方に
「私たちが、この歴史をないことにせず
今、できることはなんだと思いますか?」
と、聞いてみたのです。
そして、その答えとして返ってきたのは
「今ある、命を懸命に生きること
今ある、日常への感謝を忘れないこと」
私たちの日々、普通の日常は
決して、当たり前のようなものではないこと。
そして、たくさんの人の命が
今の私たちを支え、繋いでくれたおかげで
私たちは、ここに生きているのだと。
そして、もう一つの答えが
「この歴史を、語り継ぐことで
同じ出来事を、二度と起こさないこと」
私たちが
自分の生きた証が欲しい
自分の生きる意味を探したい
と、思うのと、同じように
ここで、眠っている英霊達も
自分が赤い血潮を持って生きていた証や
あの時に、懸命に生きた自分の
人生の意義を見出したいのだと思うのです。
そんな中でも
私が強烈に印象に残ったのが
あの闇の体験で、絶望の奥にある光
心の底から渇望していた
「自分を生きたい」と言う思いは
「愛するものへの思い」が
彼らを支えていたのだと、強く感じたのです。
ガイドさん曰く
あの時、この暗闇の中で、負傷兵たちは
父や母、愛するものの名前を叫びながら
耐え難い痛みをこらえ、陽を見ることなく
亡くなっていったのだそうです。
もう一度、愛するものと会いたい
その思いこそが、生きる希望だったのだと
どんな闇の中にいたとしても
自分の心に、愛するものがいたことで
どんなことをしてでも生き延びようと
時には、排泄物が混じる水さえ飲み続け
自分を生き抜くことで
愛するものと、再び会える日を信じ
ちっぽけなプライドなどは、かなぐり捨てて
どんなことをしてでも、生きようとしたのだと。
さらに、この糸数アブチラガマは
たくさんの方が亡くなった沖縄戦の中で
生存者がいた、希望のガマと言われたのだとか。
何が、他のガマと違ったかというと
本当にわずかな、わずかではあったけれど
一筋の光が、朝になると入ってきたことから
どんなに、今が苦しくても
必ず明日はやってくると、思えたこと
そして
湧き水があったことから
どんなに自分が痛みで、動けなくても
這いづりまわって、水を組み
さらに動けない人へと、水を配ることで
誰かを助けることで
自分の命こそが、救われたこと
自分が、他者の命に貢献できたこと
助け合いと、感謝がそこにあったから
生きることへの希望を持ち
生き延びる人がいたそうなのです。
あれから、74年経った今
私たちが、今ここを生きていることの意義を
7月3日の
日蝕を伴う、蟹座新月の日に
次なる、長崎の原爆地にも向かい
原爆の悲惨さを見ながら考えました。
日蝕は、手放しをすること
捨てること、生まれ変わることなどが
テーマになると、占星学的には言われます。
そして、この日の天頂には
他者と一つになることや
自分の聖なるものに
自分の命を捧げる、海王星と
他者に役立つ自分になることで
自分の居場所を見つけ
人生の意義を見出す、カイロンが
地球と一直線になった
私たちの自我を表す太陽と
私たちの思いを表す月との間で
困難を超えた上で、成長することへと
私たちを導くよう、手を繋いでいました。
あれからの74年、私たちは
経済成長を優先するがあまりに
自分と誰かを、大切にすることや
自分と誰かが、共に生きていることを
どこかに置き忘れてしまったのかもしれない。
そして
本当に、自分が命を捧げるべき
大切な人やもの、愛する聖なるものを
どこかで誤ってしまったのかもしれない。
家族のため、愛するもののために
頑張っていたつもりが、いつの間にか
大切なものを忘れ、自分の居場所を失って
自分の帰る場所がないからこそ
居場所を作るために、他者から承認されようと
他者や社会の間で、戦うことで生きぬいて
孤独になってしまったのかもしれない。
そして、また
他者や社会から、傷つけられると
批判されることや、叩かれることを恐れ
自分の居場所や、殻に閉じこもり
自分の心の底にある思いをないことにして
自分の人生を、本気で望むことや
その行動することへ、言い訳をしたり諦めて
誰かや、運命のせいにして
生きてきてしまったのかもしれない と
自分を振り返って、そう思うのです。
でも、そうだったとしても
昨年の11月から、来年の5月まで
内省していく必要を表す、ノースノードの
<家庭や、母性や女性性>を意味する蟹座と
外に表現する必要を表す、サウスノードと
<社会や、父性や男性性>を意味する山羊座との間で
私たち、一人ひとりの中にある
受動性の母性と、能動性の父性を
進化した形で、どちらも大切に統合し
自分と人生、
大切な人を愛し、大切にするために
時には、孤独も引き受けた上で
真に自立して行動すること
宇宙に輝く星たちは願っていると思うのです。
そして、もう一つ
あのガマの中で、誰かを助けることで
実は自分が救われ、生かされたと言うように
今年の2月中旬から
他者に役立つ自分になることで、魂の傷を癒し
自分の居場所と、人生の意義を見出す、カイロンが
真の豊かな世界を生きるために改革をする
天王星の牡牛座入りを、先導するように
例え、怖さがあったとしても
自分との戦いに負けず、自分軸で生きぬくこと を
私たちに教えてくれる、牡羊座へと入宮し
それが、自分と誰かの命を支え、癒しになると
私たちが、真に生きる居場所へと
自分の魂の声に従い、シフトチェンジしていくよう
宇宙が、私たちを導いているように思うのです。
私たちの未来の可能性や
生きる力は、もっともっと大きいはず。
愛するものの存在があるからこそ
自分の命を愛おしく、大切に使いたいと思い
大きなものに、巻き込まれるのではなく
自分の尊厳を持って、生きることを諦めずに
自分の使命の道へ、努力を積み上げて
自分を全うして生きることができると思うのです。
そして、真に自分が望んだ
愛するものと、共に生きる世界を創るためには
どんなに泥臭いことも、どんなに時間がかかることも
どんなに苦手で、どんなに嫌いなことであったとしても
望む世界を創るために、必要であるならば
自分を律して、やり続けることができるから
自立した、自分だからこそ
実現できる、未来・社会がある
そう、今年・来年キーになる
山羊座の星たちは教えてくれる。
自分が誰かに、どう思われるか
自分の居場所を、失うのではないか
失敗したら...と、恐れを感じてしまう時は
誰でもない、自分自身と
自分のプライドにかけて、戦うことや
その人間関係や、今いる居場所は
本当に自分に必要なのか?と、自分に問いてみること。
そして
「わたし一人が、何かをしたところで
この世界は、何、一つ変わらない」と
傍観者になるのでもなく
誰かに自分の願いを、叶えてもらうのではなく
愛があるから、真の意味で奮い立ち
愛する者のために、自分の命を真に社会で生かすこと
この日蝕を伴う、蟹座新月から半年
そして、半月後の山羊座満月のテーマでもある
感情を大切にして
母のような愛で、自分と他者、社会を受容し
理性を大切にして
父のような愛で、責任を持って社会を創り上げる
わたしの中にある
真の女性性と、男性性の統合こそが
2020年以降の大変容期に
自分の命を全うして生きる生き方へと
私たちは、大きくシフトしていけるのだから。
ここからは、余談なのですが。。。
家族の前で、カリスマシャーマンとして
儀式をしたのは、今回の旅が初めてでした。
実は、私の心の中に
子供たちや、主人がどう思うかと
ちょっと恐れもあったと思うのです。
けれど、ガイドさんに
「何をされている人ですか?」と
聞かれることとなりまして。。。(苦笑)
家族の前で、説明をしたところ
「ああ、だから。。。
ガマの中が、いつもと違うと思ったんです。
みんな、喜んでいると思います」と
変容を表すと言われる、蝶々も
いつもにないくらい、たくさん飛んでいると
喜んでいただけたんです。
そして
子供も夫も、いつもと変わらず
カメラマンとしても活躍してくれました。
4月から続いたライトワークを通して
大切な生徒さんや、周りの方の大きな変化から
ライトワークや、エネルギーワークは
怪しいとか、何を言われたら、と
誰かの評価に対して、心のどこかで思っていた恐れは
「もう、そんなことは
どうでも、よかったことだったんだ」と
改めて、思えたのです。
目に見えない、実証できないことって
怪しいと言われないかと
不安になることだってあると思う。
そもそも、占星学のことだって
最初は、伝えることを躊躇していたけれど
自分と、自分の人生が大きく変わり
愛するみんなが変わっていったことで
愛する誰かの幸せに繋がることで
自分の存在意義を、見出すことができ
前を向いて、地に足をつけて
歩いていけるようになったのだから。
魂が求めていることを、恐れているのは
本当は誰でもない、自分だけなのかもしれません。
けれど
今の自分の頭の中で考えている
今の願いや、意識の中だけでなく
自分が持って生まれた力を、与えられた場所で
愛する誰かのために、愛する社会のために
この自分を、今を懸命に生きる時
やってみなければ、味わうことのない
この上ない幸せが、そこにはあると思うんだ。